深夜、ささくれが痛い。
僕はささくれができやすい。知らんけど。世の中の人がどのくらいささくれができやすいのかなんて、聞くタイミングなんてないから、知らんけど。とにかくささくれはほぼ毎日、僕の指のどっかにひょっこりと現れる。
ささくれを、手の甲の方向に取ると痛いので、爪の方向に引いて取る。そうするといつも痛くないのだが、今さっき取ったものはなぜか痛み出している。おい、収まるのだ。ささくれごときで止まる俺なんかじゃないと心で思って奮起するも、ちょっとしたことでビリッと電撃が走り、弱気になる。
そういえば、僕には自慢の体質があることに最近気づいた。それは、1日にコーヒーを何杯飲んでも眠れないことは絶対にないということだ。昨日から今日の深夜にかけて多分パン屋も含めると6杯は飲んでいると思うが、深夜の今しっかりと眠い。ちなみに今さっきコーヒーをまた淹れた。
僕はモノへのこだわりが結構ある。結構というかかなりというか、人によっては異常だと思われるかもしれない。その中でも鞄とキーボードはかなり買った。鞄は20個、キーボードは10個は買っている。ちなみに生き残っているのは、鞄が7個ぐらい、キーボードは2個残っているが使っておらず、今使っているMacに落ち着いた。
モノかあ、なんだろうな一番大事にしていること、と考えてみる。パッと思いつかない。機能性は欠かせないけれど、かといってデザインが可愛くないのは嫌だ。これだって言って一目惚れで手に取るものもあれば、じっくり考えて決めるものもある。でもどっちかというと一目惚れが多いなと思う。値段はあまり関係ないが、どちらかというと高いものの方が生地の感じとか造りがしっかりしていて、いいなと思う。
僕は捨てることも得意で、これ使わないなと思ったら、買った時に結構高かったものも、捨ててしまう。
YouTubeで「出版区」を見始めた。様々な芸能人の方が、ブックファーストで一万円以内で本を買うという企画。面白い。でもあまり好きではない人のは面白くない。というかちょっと鼻につく人もいるなあなんてことを、ハッピーターンを食べながら椅子に寄りかかり、思う。鼻はほじっていない。乃木坂46の久保史緒里さんが「この本はさまざまな方の救いになる」と言っている間に、僕は花粉で花がかゆいことしか考えられていなかった。なんて虚しいんだと思った。でも可愛い人が本を選んで、ウハウハしているのはいいなあと思いながら、うへへと思いながらハイボールを飲む。あ、コーヒーだったと気づく。もっと誠実にというかお淑やかに生きた方がいいのかななんてことを考える。いや、これが自分だからしょうがないよねと思う。久保さん、その本ではなくて、あなたのような可愛い人が世界を救いますね、と思う。
この時期に、僕の穏やかな生活を犯してくる天敵がいる。それは花粉だ。僕は中学生ぐらいから花粉症持ちで、市販薬で済んではいるものの、花粉の時期になると鼻と喉の奥が痒くなる。目も少ししょぼしょぼする。
今日、感じた。花粉を、感じた。深夜に、感じた。多分さっきポッドキャストをベランダで録ったのがダメだった。ミスったと思った。
花粉症は面白いなと思う。木々が生命の息吹をきらきらの風に乗せて運んでいるのに、人間はそれを享受できない。人間だけがこの星に適合していないと思わせてくる。すみません、と思うながら、Amazonでアレジオンを買う。セールで8000円が3500円になっていた。そんなことある?と思いながら、48錠セットを買った。よし、これでこの星で後2ヶ月は生きていけると安心した。
小説家の人って、変な人多いなと思う。あまり小説を読まないから、シンプルに変わってるなあと思いながら、あまり仲良くはなりたくない、、、と思う。芸能関係の人や、エッセイを書いている人は、本を選んでいる姿から友達になりたいなと思う。いや、シンプルに可愛い人が好きなだけかもしれない。知らない小説家の方が出てきて、今は松井玲奈さんに動画を移動した。
家の中で、照明のスイッチを切り替えると、少し気分が変わることに最近気づいた。うちには、四つかな、コントロールできる照明の場所?固まり?があって、それをつけたり消したりして、頭を起こしたり寝かせたりできる。
さっきは、リビングと廊下の間にある一個の電球をコントロールするスイッチを点けて、ちょっと頭を起こしてみた。今の時刻は朝の5時半。
ベッドに寝転びながら、YouTubeを見て、ぼんやりしている頭の重さを感じる。ああ、適当に生きられていると思って、安心する。僕は常々真面目に生きてしまうから、もっとテキトーに生きようとしないと知らないうちに気が滅入ってしまう。今日のおみくじは末吉、書いてある言葉は「期待しすぎず行けば意外と当たる」だった。いい言葉だ。
その日の一口目のコーヒーは最高にうまい。最近はめっきりアイスコーヒーになった。めっきりの使い方が間違っている気がするが、まあいい。今日は久しぶりの雨。花粉は飛んでいないから助かる。最近柄があまり好みでなくなってきた傘を持って、相変わらずパン屋に来た。
凪良ゆうさんの「汝、星のごとく」を、ハードカバーで買った。他にも10冊ぐらいまた大人買いした。この本のハードカバーがすごくかっこいいという曖昧な記憶で、文庫ではなくて単行本にした。ソフトカバーを外すと、まるで夜空のような質感のハードカバーが見えてきて、なんだかうっとりとしてしまった。やっぱり単行本の方が好きだなあと改めて思う。
家に帰ってきた。
雨の音を聞くのが好きで、普段垂れ流しているyoutubeの音を消して耳を澄ます時間がある。
BISHってすごいんだな。アイナジエンドさんが、元BISHだってことを知らなかった。ちなみにアユニDも元BISHだと知らなかった。それぞれが個々でアーティストとして確立しすぎていて、元々グループだったなんて、とんでもないな。結構最近の中で一番びっくりしている。
手持ち無沙汰になって、久しく行っていなかったカフェに来た。正確にはパン屋の席が空いていなかったから、仕方なく、という感じ。でも、こっちのカフェも広々とした机が使えていつも空いていて、なんだかんだで落ち着く。ただ内装が可愛い系だから、あまり本を読んでいても気分が溶けない。
高瀬隼子さんの「うるさいこの音の全部」を持ってきた。エッセイだと思って最初読んでいたら小説だった。その入りのせいなのか、すっかりこの小説の虜になってしまいそうだ。適当に生きてる大学生の話。ああ、このぐらいテキトーに自分も生きればよかったと、過去を取り返すようにページを捲る。
携帯の充電が無くなりそうだったので、会計を済ませて店を出た。それでもなんだか帰る気になれなくて、パン屋に来た。雨は上がっていた。コーヒーを飲みすぎているかなとちょっとだけ気にして、リンゴジュースにする。持ってきた店員さんが、席に運んでジュースを置きながら何か言っている。あれ、なんかしたかなと思ってイヤホンを外すと、「いっぱい入ってます笑」と言われた。多く注いでしまったのかなと思い、少し微笑んで「あぁ笑」と返す。運ばれてきたリンゴジュースを一口。今日が雨だったことを、少し忘れた時間だった。
携帯の充電が4%になったところで、家に帰ることにした。帰る前に、イヤホンを外して、ふと外を見ると、また雨が降っている景色が見えた。
深夜になった。
部屋の明かりを消して、本を読む。「汝、星のごとく」は、読んでいると安心する。決して自分とは違う境遇に人間の物語のはずなのに、妙に自分の中の孤独が浮かんできて、それを抱きしめられている感覚になる。
こういう時、自分も小説が書けたらな、なんて思ってしまうから、その癖を直そうと読む方が楽しいんだと言い聞かせる。小説は、しばらく書きたくない。でも、物語を書ける人は、なんだかかっこいい。さっき、Amazonで「物語の書き方」という、なんだか自分らしくない本を買った。自分もいつか、また小説を書く日が来るのだろうか。
深い孤独に身を溶かすと、安心する夜がある。今日だったら、それは音を消して、明かりを暗くして、壁を見つめるとき。世界に自分しかいない感覚。
本は、勝手に一人歩きする気がする。この本も、凪良ゆうさんに焦点が当たることはあまりなく、物語が生きているみたいに広がっていく。まるでこの世に産まれたがっているみたいに。不思議だなといつも思う。数奇な運命のことはあまり信じたくないが、単純に計算だけでは語れない何かがある気がする。
孤独に浸ることはあっても、孤独に溺れてはいけないと、本を切りがいいところで閉じて、電気をつけて、音楽をかける。YouTubeはなんだかしっくりこなかった。
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