最近、もう2時ぐらいに目が覚めることが当たり前になった。「当たり前」と打ったら頭の中に「あたりめ」が想像されて、匂いまで思い出した。あたりめの匂いは苦手だ。そんなことはさておき、9時半とかには眠くなって、そこから寝て1時か2時に起きるのが日課になった。なんとまあ、自由な生活だ。
僕はこの時間から過ごす、わんこも寝ている一人の時間が好きだ。正確には、わんこはうんこに起きてくるので、静かにしていないとぬくぬくのそのそと起きてくる。でも起きても眠そうにヒーターの前で腹を出して寝るだけなので、全然かわいい。まあ、全て可愛いのだが。
わんこは可愛さで生きている。この世でいちばんの世渡り上手だ。港区女子も顔負けの、前足ちょんちょんという技があり、それをされると僕は何をしていても、顔がアイスクリームのように甘く蕩けてしまう。スピーカーから、おっぱいぺったんこっていう曲が流れる、深夜1時半。
だいぶ寝た。今はもう11時だ。うちのわんこは、隙があれば昼寝をするから大したもんだ。僕がブランケットを足にかけてパソコンを打ち始めると、足の間に挟まってきて眠りだす。今日は執筆がしたいなと思って、ローテーブルの下の棚からさらにローテーブルを引き出すと、わんこは起き上がって、とことこと部屋の中を歩き始める。虎のラグが最近のお気に入りで、そこに落ち着いたらしい。
当たり前だけど、自分は世界の一人でしかないのだなと、ちゃんと分かることは僕にとっては大事なことのように感じる。いつしか自分が世界の主人公のように感じていたけれど、それはなんだかしっくり来なくて、ただの一人という事実に寝転んで、家にいることが好きだ。
部屋を無音にしてみている。結構いいかもしれない。落ち着く。外の音だけが部屋の中に響いて、心地がいい。最近は無音の時間がなかったのだなと、少しだけ反省する。
僕たちは時間の感覚を身につけてしまったから、ゆっくりしていても、何分経ったかなと時間を気にしてしまう。いっそのこと、時計を部屋から無くそうか。そうしようか。
部屋から時計をなくしてみた。いつまで続くかはわからないけれど、なんか少し気持ちが楽になる気がする。
わんこと目の前の公園で遊んできた。ロングリードをつけて、走り回らせてみた。どんだけ走るねんて思いながら、すごく生き生きと走っていた。生き生きとというか、野生に戻っていた気がする。まあ、わんこにとっては、人間と一緒に過ごしているから、そもそも野生というものがないのだけれども。とにかくたくさん走っていて、なんだか僕まで嬉しくなった。
ついでに砂だらけになり、一年半前ぐらいに買ったリュックは見事にわんこと公園で遊ぶ専用になりそうだ。久しぶりに砂を感じて、そして乾燥を感じて、年を感じた。
YouTubeでポケモンのルビサファのBGM集が公式で流れてきた。何気なく再生したら、ここでも小学生気分を思い出して、なんとも言えない気分になった。ああ、子供の頃もすごく楽しかったなあ。あと、さっき洗濯物を畳んでいたらバスタオルの上にルゥちゃんが乗ってきて、僕もよく母親が畳んでいる洗濯物の上に乗っていたなあと思い出した。なんとも、こういうちょっとした懐古が、僕のことをそっと生かしている気がしてならない。ルビサファ懐かしいなあ。
昭和の文豪みたいな格好で今書いている。半袖の下着一丁に小さいローテーブル。なんだか少しテンションが上がる。些細なことで幸せを感じる力は、日に日に上がってきている気がする。
僕は一日に一回は一人で外に出て、どこかに行かないと息が詰まりそうになる。イヤホンと携帯と本と財布を持って、だいたいはパン屋に行く。今日も来た。ホットコーヒーのようなこってりとした気分になれなくて、ミルクティーを頼んだ。イヤホンのノイズキャンセリングをオンにして、周りの音を塞ぐ。自分の世界に入りながら飲む甘いミルクティーは、格別に美味い。今日は窓側ではない窓が見える席に座って、16時半ごろの街を感じながら、ゆっくりしている。
最近また、読書の仕方が軽くなってきた気がして嬉しい。前よりも読書の持久力がついたし、尚且つ気を重く持たずにその世界に触れることができている。わんこの散歩で話しかけられて、宗教勧誘を疑ってしまうほど警戒心と被害妄想が強い僕は、直接のコミュニケーションが苦手である。だから、聴いても聞かなくてもいいような独り言を言ってくれる本に助けられている。あとは、自分に向けられた言葉ではない音を発しているどっかの誰かのYouTube。
昔からのトラウマで、的を向けられるのが苦手だ。それは対面でも変わらず、誰かと会うとなると、かなり身構える。だから、今のポッドキャストもいい距離感で続いているのかもしれない。
人は簡単に傷つく。僕はその中でも、泡のように簡単に破裂し、そしてその人の前から消える。そんなポケモンのケーシィのような人間でも、ずっと一緒にいてくれるわんこがいることは、幸せなことなのだなと思う。