2026.02.10

朝、風呂のドアを開けると、旅行先の部屋の風呂で感じた、冬のつんとしたいい香りがした。なんだか嬉しくなった。冬もそろそろ終わりかと思いながら、少しだけその香りを心にしまう。

小説を読んでいると、出てきた情景を想像するときに、ぼんやりと旅行先の風景が出てくる。どれも、家族で訪れたところばかり。外に出るのもいいなと、そういうところで思う。五感で感じた記憶は、薄れることはないのだなと実感する。

朝になった。と言っても昼だ。最近は4時ごろに一回起きて、ちょっとだけ書いて、また寝ることを繰り返している。すると、起きる頃には10時ぐらいになっている。

母から、早めのバレンタインが届いた。Amazonから届いた。いつもデパ地下で買ってきていたのに、今年はAmazonなのかと思って、母の年齢を感じた。でも多分、テニスで忙しいだけだろうと思っている。うちの母は、常に動いていることが好きだから、老後も多分ボケないだろうな。

今日は買い物に行かなければいけない日だったのだが、なんだか行く気が起きず、どうしようかと出かける前に家で考えていた。

八百屋には行きたい、スーパーには行きたくない。じゃあ、野菜だけ買って食べるしかない、という結論になり、八百屋で野菜をいつもよりも少し多めに買った。菜食生活がしばらくは続きそうだ。まあ、それもそれでいいかもしれない。

僕が好きなアーティストさんで、アーティスト活動以外にも、映画監督と小説家もしている方がいる。経歴をなんとなく調べてみたら、多摩美だった。ああ、ちょっと羨ましいなと思ってしまう。たまに、僕がやりたいことを全部やっている人が現れる。やりたければやればいいのだけど、絶妙に憧れで止まる夢みたいなことってあるじゃないですか。藤井風さんには憧れないけど、この方には、僕の人生を重ねてしまって、勝手にいいなあと思う。そういう方の音楽は、だいたい僕の心に刺さる。深く、深く、刺さる。

美術大学への憧れは、僕が大学を卒業した後に行ったデザインの専門学校時代に、芽生えた。圧倒的な美的感覚と、ぶっ飛んだ感性。そんなものが同じ人間の中に共存していることを知って、ああ、こりゃデザインの道は無理だ、太刀打ちできんわ、と思って、専門学校を1年で辞めて、人材系の会社に新卒で入社した。

そこから、何年経っても、僕が好きな方はだいたい美術系の学校を出ている。作家さんでそういう方は少ないが、ブランドのディレクターさんだったり、アーティスト活動をしながら色々やっている方は、調べてみると美術系の学校の人が多い。これは僕が好きな人は、という条件付き。

この話の流れだと推測がついているかもしれないが、美術系の大学に行きたかったなあなんて、ないものねだりをたまにする。そして、「俺が美大に行ったら、どんないいものが生み出せるんだ!?」とか、訳のわからない妄想をして楽しんでいる。でも、美大は努力の塊、それはそれは険しい道なき道を、自分を信じて一歩ずつ歩んできた人が集まる場所。ああ、かっこいい。かっこよすぎるぜ。

夜になった。何かと承認欲求が強い自分がまだいることが、なんだか頭を疲れさせているなあと思う。そろそろ、数字なんていらない世界で、ちゃんと喜べるようにならないと、心がやつれてしまう気がする。

さっきまで、SNSを見ていたからか、頭の解像度がはっきりしない。今はピアノを聴いて30分ぐらい本を読んだら、少しずつ治ってきた。人間は本当に進化しているのか、疑う。

それでも、密かに匿名で続けている、インスタのアカウントの活動が、意味のないことだとは思えない。それによって何かを考えている人がいるし、思うところがある人もいる。でも、それは僕は出版のためでしかなくて、それ以外続けている理由がないんだよな、とか考える時がある。本当に続けている意味があるのだろうか。わからない。

商業出版、いや、全国出版に憧れがある。なんか、色んな人に届いている気がして、色んな人の心が動かせる気がして、、、。

うーん、書いても書いても、今のスタイルが一番合っている気がして、ならない。書きたいことを日記のように書いて、自分で本にする。