ホットコーヒーをこの季節の間頼んでいたが、久しぶりにアイスコーヒーにした。今日はカフェの中ではじんわりと汗ばむ陽気だ。寒さの一辺倒だったから、なんだか心地悪い。季節の変わり目が、初めて苦手に感じた。まあそれも、生活を大切にしているからなのだろうか。
僕は寝る時にラジオや音楽、YouTubeをかけて寝るのだが、そこから聞こえてくる言葉に沿った夢を見る。今日はポッドキャストを聴きながら寝たので、OLの人たちの夢を見た。半分起きてるみたいで、あまり寝つきは良くなさそうだ。昨日寝つきが良いとか言ったばかりなのに。
最近はだいたい22時ぐらいには寝てしまう。自然と眠くなる。特にすることもなく、死んだように眠れるから助かる。でも、深夜ならではの、切ない感じの気分にはならずに、あー今日も生きたわーみたいな感じで終わるので、ちょっと寂しい気もする。
ふと、別れについて考えることがある。何の気なしに自分は縁を切ってきた人が、たくさんいる。本当に、たくさんいる。その時の自分の人生のフェーズに合わない人は、インスタのフォローを外していたし、道端で話しかけられても、「誰ですか?」と言う準備もしていた。本当に、切ない人間だよなと思う。
別に変わろうとは思わないし、変わりたいとも思わない。今いる友達のことを大切に、自分が心地の良いところを見つけたい。
人は別れを切り出されると、離れた方を責める。離れる人に向かって、私は間違っていない、私は悪くないと矢を放つように、長文などん送ってくる。それもそれだなと思いつつ、そういうことをされた時、ああ、離れて良かったと、思う。
執着をしなくなったなと思う。自分の考えをぶつけて、相手が離れてしまったのならそれまで。変に我慢する必要もないし、世の中には気の合う人なんてたくさんいる。そう思うと、関係性は脆弱なものとして、僕の中で捉えられている。
いつもベランダの机に腰をかけると、定点でカメラを構えるのだが、今日の空はなんだか綺麗過ぎて、あまり撮る気にならなかった。それでも、こういう日があってもいいかと思って撮ってみる。ファインダーを覗くと、少し世界が暗くなり、それが心地よくて、シャッターを切ることが出来た。
心の隅々まで感覚が分かるようになってから、違和感のあるものは写真に収めなくなった。
少し燻んでいたり、靄がかかったような、そんな風景を収めている。あと、植物を撮ることが多い。なぜだか分からないけれど、惹かれるものがある。
金曜日なのに、16時半の街はすごく静かだ。もしかしたら僕が普段からあまり耳を澄ませていないだけで、この時間の空気の音はこうなのかもしれない。薄らと響く電子音が、なんだか邪魔臭い。
器用に何個ものことをするのは難しい。再開した活動が、少しだけ時間の負担になって、あまり書く時間と読む時間がとれなくなりつつある。人間って、不器用だなと思う。
なんてことを言いながら、常に何かをしているぐらいの時間を過ごしているのかというと、そうでもない。だらだらしている時間もある。まあ、基本的にはYouTubeを見たり、家事をしたりしているだけなのだが。だけなんて、それも立派に生きていることだろと、心の中にいる性格が勇敢な正義が顔を出す。
深夜に、啓成くんが紹介してくれた方とお電話した。最初は不思議な空気感で、ついていくことができるのかなと不安だったけれど、その方の声色から出てくるなんとも言えない少年さが、魅力的でつい色々聞いてしまった。映画を見ながら電話をしていたから、どっと疲れた。本当にどっと疲れた。久しぶりに初めましてをちゃんとした。たまにはこういう経験も大事だなというか、日常に刺激が走った。
最近、どんな人を目の前にしても、圧倒されることは減った気がする。自分がエッセイを書いているからとか、表現に自信があるからとかじゃなくて、シンプルに、良い意味でどうでもいいと思っているからかな。自分は自分で幸せだから、その人が何をしていようがあまり関係ないよなあと思えるようになった。何をしているからすごいとか、そういう尺度で人のことを見なくなった。これも、幸せなことだ。
世界では、世界を大きく変えようと頑張っている人がいる中で、僕はのんびりベッドで足を伸ばして文章を書いている。ミリオンヒットで喜んでいるアーティスト、チャンネル登録が一人増えて喜んでいるYouTuber。「幸せ」という感情は、比べることができなくてよかったなと、安心する。
なんだか頭は疲れているのに、まだ1日を終わらせたくなくて、Kindleで小説を読み始めた。
画面に表示される文字を追っていると、小説は紙じゃないほうがいいなと思った。一気に半分ぐらい読むことができて、驚いている。パソコンだと文字が多く表示できて、一気に右下の「%」が進んで気持ちがいい。