僕はいつでも、遅歩き。

小さい頃から、歩くのがすごく遅かった。

友達と歩いている時も、家族と歩いている時も、必死について行くのがやっとで、たとえば前に二人、後ろに僕が一人だと、確実に50メートルぐらいは離れる。そして、前の二人が後ろを振り返って気づいて、きまりが悪そうに待っていてくれていた。

学校が終わって下校時間になると、同級生たちが早く遊べるように、全力で靴を履いて、駆け出していくのを見て、いいなぁ、と思っていた。僕は、座って靴を履いて、下を向いて立ち上がって。

後ろから、「速いよ〜」と言うことが、なんだか恥ずかしくて、先行ってて、なんて言ったりして。歩くことが遅いというのがすごく嫌で、いつからか人と一緒に歩くことを、意識的に避けていた。

大学生に上がってからは、友達と遊ぶときは、駅から一緒に歩かないで済むように、現地集合にしたり、飲み会の帰りは会計が終わっても最後まで居酒屋の前で、酔ったぁ〜とか言って居座って、みんなが帰った後に、一人でとぼとぼと帰った。

でも、27歳になった今、遅いと言うことが、なんだか好きになった。もしかしたら、誇りにすら思っているかもしれない。

駅に行って、ホームに電車が来ても、もちろん駆け込み乗車はしない。エスカレーターでのんびり下る。その時間に、周りをきょろきょろして、壁の広告を見たり、今日はどんな日かな、みんなはどんな顔をしているかな、なんてことを考えたりする。

そうすると、いろいろなことが見えてくる。意外と、街は騒がしいし、いろいろな人がいるんだなあと。そして、一人じゃない気がしてくる。

信号待ちで、赤になると僕は嬉しい。

空を見上げて、今日の空はちょっと水色だなとか、あ、鳥が飛んでいるとか、あれはレスキューヘリか?とか。そんなことを考えながら待っていると、信号がもう一回赤になったりして。

ある日曜日は、歩道を歩いていると、後ろから家族が歩いてきて、娘さんとお母さんとお父さんが、3人で手を繋いでいるのをぼんやりと眺めて、心がほくほくと温かくなった。娘さんは、ぴょんぴょんしていて、お父さんお母さんは下を見て、笑っている。後ろからでもわかる、そんな幸せがあった。

そんな日々を過ごしていたら、いつの間にか僕の周りには、ゆっくりと歩く友達が増えていった。不思議だった。

あ、とか僕が言って、友達と一緒に道に咲いている花を見たり、一緒に暮らしているわんこは僕よりも歩くのが遅かったり。そうやってのんびり歩いていると、この街の変化にもいつの間にか気づけるようになった。

ここの工事、前よりもちょっと進んだな、パン屋、今日は混んでいるな、あ、菜の花が咲いてきたね、綺麗な黄色だな。

遅い遅い、なんて言われていた昔はあったけれど、今は僕がゆっくり歩くから、一緒に散歩したい、なんて人すら現れた。

僕はこれからも、のんびりとゆっくりと歩いて、いろんな後ろ姿を見て、そっと微笑んでいこうと思う。