2026.03.02

啓成くんから、音楽のアイデアが届いた。今作っている曲は僕らの過去から未来にかけてだんだんと成長していく曲で、すごく思い入れがある。啓成くんが作ったイントロはすごく素敵で落ち着いていて、それでもなんだか前を向こうとなるから不思議。僕にはできないことだから、毎回驚かされる。

歌詞を考えるのは意外と難しいなと思う。一音一音で意味を持ちつつ、他の歌詞との絶妙な関わりを意識して繋いでいく。つながりすぎていても違和感だし、全く繋がっていなくても違和感。なんだか、人間関係みたい。実際に自分たちの曲として歌ってみると、ああここあまり繋がっていないなと思っても、聴いている側からしたらあまり気にならなかったり、そこが良さになったりもする。まあ、結局は自分たちの感覚を信じてやるしかないのだけれど。

音楽も文章と共通するところがすごくあるなと思った。そしてその世界を文章よりも感覚的に伝えることができるのだなと思った。歌詞的に重たい感じになっちゃうかなと思ったけれど、啓成くんが考えてくれたメロディーに乗せると、明るくなる。まるで自分の声色を変えているみたい。文章や歌詞がその世界にある「物質」だったら、メロディーや音程はその世界の「空気」や「匂い」なのだなと思った。

小説を書くことがだんだんと楽しくなってきた。なんか今、すごく軽く書くことができた。書く方も軽く書かないと、読む方も軽く読めないよなと思った。重苦しいことを書きたいわけではないし、ちょっとコメディー要素もある小説だから、軽く書こうと思った。でも昔はこんなことなかったから、すごく楽しく書けていることにびっくりした。

朝になった。

今日は雨が降るらしいが、僕は普段からよっぽどの雨じゃない限り傘は持たないので、傘は持っていない。ちなみに隣の人たちの会話を聞いて雨が降るらしいということを知った。盗み聞きは健在である。

パン屋でレジを待っていると、前の人が店員さんにおすすめを聞いていた。

「味がないほうがいいんだよねえ。」「メロンパンほどガッツリは食べないなあ。」などと駄々をこねていた。子供かっ!と思いながら、のんびりと待っていた。でも、ああやってわがままを言える人って、何も気にしてなさそうでいいなあと思う。僕は嫌いだけどね。笑

運営しているサイトで、今日の「ぷち」良かったことを3つ書いてそれを匿名で投稿できるようにしているサイトがあるのだけれど、そのサイトのとある投稿の中に、「怒られなかった」という書き込みがあった。なんだか胸がキュッとなってしまった。怒られなかったことが良かったことになってしまうのか、なんとも心が苦しそうだと思った。

愛は猫の眼は、なんだかんだで色々な意味で救いになっているアカウントなんじゃないかと思っている。運営サイトは4つになり、恋日記や普通の日記、愚痴などが匿名で投稿できるシステム。学生の頃にあったら、自分もありがたかったんじゃないかなと思う。

午後になった。

わんこの散歩の途中に、ふとローソンの前でわんこがくん活(匂いを嗅ぐために止まること)を初めて、珍しいなと思いながら自分も止まったら、普段見ない街の景色が飛び込んできた。こんなに都会的だったんだ、と発見できた。虎ノ門みたいだった。またちょっとだけ、自分の街が好きになった。

夜風は気持ちいのだが、窓を開けるか開けないかを迷う時期である。

日中は暖かいけれど、夜は寒い。かと言って夜に窓を閉めて暖房をつけると、若干暑い。そして日中、窓を開けて暖房を消すと、それはそれで寒いこともある。それでも、夜に窓を開けると、澄んでいる空気が入ってくる季節がまだ漂っていることを感じると、少し安心する。

本を読んでいると、書きたくなってくるから、最近はあまり本が読めていない。読んでいる内容で刺激されることはないのだが、シンプルに活字に触れると、書きたくなるらしい。良いのか悪いのか、積読が溜まる一方だ。小説を書き始めるようになってから、さらに書くことに対する渇望的な気持ちは大きくなる一方だ。ちょっとは読ませて欲しいと思って、パソコンを閉じてまた本を手に取るも、ちょっとだけ読んで耐えられなくなり、またすぐにパソコンを開く。きっとデスクトップも、こんなに早く主が帰ってくることは想定していないだろう。毎回、律儀にWi-Fi接続が切れている。