2026.03.01

成瀬のことをもう一回プライベートのストーリーにあげた。「面白すぎる、漫画読んでるみたい。」と書きたかったのだが、後半を打っているときに変換ミスをしたらしく、「漫画飲んでるみたい」になっていた。あ、と思ったが、いやなかなかいい表現じゃないかと思って、勢い余って誤字った自分を称えた。そんな3月の始まり。

犬みたいな生活をしているなと、わんこと朝に寝転んで思った。寝て食べて書いて、また寝て食べて。かろうじて人間を保っているけれど、ほぼ犬やんと思って、急にうちのわんこと共鳴した気がして嬉しい。

外に出た。あのちゃんのANN0を聴き始めた。あのちゃんてこんなに面白い人だったの?!と思った。成瀬は信じた道をゆくを持ってきて、あのちゃんのラジオ聴きながらウキウキでマンションから出たら、春の空気がぶわっと入ってきて、体が喜んでいるのがわかった。なんだろう、言葉で表すのめちゃくちゃ難しいんだけど、その時に咄嗟にメモしたところには「春の空気、すっきりずどーん、すぱーん、きらにらーって感じ」って書いてある。わからんわ!笑

パン屋であのちゃんのANNと成瀬を読んでいると、意識していても頬が緩む。一人で大笑いしたい気持ちをグッと堪えて、アイスコーヒーを澄まして飲む。それでもあのちゃんのANNの今日のゲスト、岡山天音さんも面白すぎてやばい(過去回を聞いてます)。天音さんの気だるい感じが僕のツボ。そっけなくしている感じでも、天音さんの優しさが滲み出ていて、僕も心を開いて笑える。

東京はあまり周りを気にしてないらしい。僕が笑っていても誰も見てこないし、そんなに人のことを凝視している人なんていない。それはそれで寂しさを感じるから、人間は難しい。岡山天音さんが、いわゆる今でいう「メロい」らしい。なるほど、これがメロいというのかと思った。気だるさとやる気のなさ、だけどしっかりとした優しさと面白さがある。こうやって分析している僕は、一生メロくはなれないのだろうけど、なりたいなんてちょっと思って、気怠い感じの顔を作ってパン屋の席の背もたれに寄りかかる。もちろん、誰も見ていない。

夜になった。

有名になってもならなくても、僕は幸せになろうと思った。むしろ有名にならなくても、エッセイを書き続けてただ生活して、日々を大切に夜中にはうどんをたらふく夜食で食べようと思った。

いきなりどうしたと思われるかもしれない。でもいろんな人のことを見ていて、メディアって怖いなと思った。情報操作、まではいかないが、ある程度その番組や何かが作り出したい世界観に合わせて演技していることが多い気がする。特にテレビ。だから僕はyoutubeが好きなんだなと思った。飾らない、という言葉ではなくて、そもそも飾っている前提で話を進めるのはやめてほしいという感覚。

なんとなく求めすぎていたのかもしれない。小説を書き始めて、というか書くことを再開して、また夢が広がって浮かれていたのかもしれない。叶うかわからない夢を想像すると、日常が疎かになる。それは前からわかっているはずなのに、もっと大きくなれたら、もっと有名になれたらと求めてしまう。別にネガティヴになっているわけではないけど、理由のないプレッシャーみたいなものを感じていた気がする。よくない。特に将来で困ることは今のところないのだから、もっと伸びやかに生きようと思った。自分の力だけじゃなくて、他の人の光る何かを見つけられるようになろうと思った。表に出ることだけが価値じゃないことは、ここ5年間ぐらいで一番感じていることだから。

たくさん寝たはずなのに眠い。やはり人間は寝だめというものはできないのだな(成瀬風)。

成瀬の話し方が結構ツボ。「~なのだな」という言い切り方で、なんだか妙に説得力がある。絵も想像できて、すごい物語だなと思う。絵を想像させるって、すごいことだよね。