2026.02.17

クレヨンしんちゃんの曲が、今頭の中に流れている。時刻は深夜の2時半である。懐かしいなと思いながら、成長したなあと思う。

僕はドラえもんよりも、クレヨンしんちゃん派で、小さい頃はDVDをウェアハウスというレンタル屋さんでたんまりと借りてきて、それを家で再生していた。風邪を引くとずっと見られるので、たまに仮病を使って布団に寝転がりながら、ケラケラと笑っていた。

調べてみると、「オラはにんきもの」という曲だった。とんでもないポジティブで、お下品な歌で、そこが好きだった。母親は、クレヨンしんちゃんでどんなに下品なことを言っていても、昔の家の台所から微笑んでみていてくれた気がする。

僕は埼玉県さいたま市で生まれて、20年ほどそこで育った。もう実家は東京に引っ越して、僕が過ごした家は叔母が住んでいるのだけれど、今でもその家の風景は、鮮明に記憶として蘇る。

一番の思い出、というものはあまりなくて、ふとした時に、断片的ななんでもない日常が思い出される。例えば、白い大きなテーブルで、ひたすら勉強していた中学校時代(僕はリビングで勉強する派だった)、熱を出したら母親がテレビの前に布団を敷いてくれて、そこに寝転んで部屋の入ってくる陽の光を、体を伸ばしながら眺める時間、そんな小さなことが、今でも昨日のことのように思い浮かぶ。

小さい頃は、わがままな性格だったなと思う。というか、いい意味で甘えていたのかもしれない。今でも信じられないことなのだが、車で片道20分ほどかかる「浦和駅」までの道を、高校と大学時代、母親は毎日送り迎えをしてくれた。僕は、遅れてしまいそうになると発狂して、早く早くと急かしていたことを覚えている。とんでもないことをしていたなあと、ここに書いてちょっと反省。子育ては、なかなかに大変そう。学校からの帰り道も、浦和駅のロータリーで母親は待ってくれていて、それも母親は20分前とかについて、一人でテレビとかをみて待っててくれていた。今考えれば、すごいことだなあと思う。水色の車。懐かしい。

このエッセイでも前々から出てきているからお気づきの方もいるかもしれないが、僕はこの深夜の時間に起きることが好きだ。うちのわんこも、それに釣られて3時ぐらいになると、いそいそとベッドの下から出てくる。僕は電気ヒーターをつけてやって、わんこがのんびりしているのを見守りながら、エッセイを書いたりコーヒーを飲んだり、本を読んだりする。本当になんでもない時間だ。

この時間は、街が動いていない。空気もあまり動いていない。僕が密かにやっている恋愛アカウントも、この時間はいいねがつかない。その静けさに、安心してのびのびと家出の時間を過ごすことができる。好きな時間。わんこはこの時間に、晩ご飯の残りを食べ始める。自由だ。それでこそ、生きてるってもんだ。

一人暮らしを始めてからというものの、深夜に起きることが好きになった。社会人になってからは、次の日が仕事じゃない時は、ほとんど朝まで起きていた。そして会社員を辞めてからは、ほぼ深夜は起きている。夜の10時ぐらいに寝て、3時ぐらいに起きて、そこから2時間ぐらい色々やって、また寝て9時ぐらいに起きる。今の生活でも続いている、好きなルーティン。

朝になった。今日は布団でうとうとしていたら、あっという間に10時ぐらいになってしまった。わんこに何回も舐めて起こされた。でも僕が全然起きないから、諦めてわんこも隣で寝ていた。

風呂に入ったら11時で、蒸籠で昼ごはんを作っていたら11時半になった。そこから家を出て、今カフェに来ている。家を出ると、管理人のおじちゃんが掃除機で掃除をしていた。僕は元気よく「おはようございます!」と言った。帰ってきた言葉は「こんにちは」だった。そういえばもう昼なのか、とその時に思った。

古賀及子さんの「5秒日記」という単行本を買った。今買った。

昨日たまたまみた何かの投稿で、この本の帯が載っていて、そこには「日記は1日丸ごと書くのではなくて、5秒のこと(5秒であった出来事ということだと思う)を200文字で書くのがいい。」と書いてあった。なんと、なんてわかりやすいエッセイの書き方なんだと思い、気になっていた。明日届く。

なんかわからないけれど、最近朝の調子がいい。きっと天気が安定していて、暖かいからな気がする。アイスコーヒーを頼めるぐらいには暖かくなってきて、嬉しい。春、そして秋も、気候が安定していると気分も体調も良くて、意識がはっきりする。あ、もしかしたらこの前のマクドナルドがいけなかったのかな。ちょうど体の中からいなくなったぐらいだな昨日が。そして昨日から体調がいい。そして、最近ポテチを食べ始めてから若干胃がもたれている気がする。それもなんか影響ある気がする。(めっちゃ独り言)

カフェに1時間ぐらいいると、「帰りたいけど帰りたくない」という気持ちの間で揺れ動く。ちょっとエモい表現になったが、ただ一人で席でウジウジしているだけだ。

帰ってまたゆっくりポッドキャスト収録して、のんびり本でも読みたいという気持ちと、まだカフェにいて、書いていたいという気持ち。これが重なって、どうしようどうしようとなる。そういう時は何をするにも気持ちが向かなくて、手持ち無沙汰になる。今日はこれをエッセイに書くことができたから、よし。そして、混んできたから帰ろう。

今日は午後になってから、外が寒かった。朝は少しだけ暖かいかなと思ったけれど、勘違いだった。ベストを着てカフェに行ったのだが、帰りは全然寒かった。帰ってきて、わんことの散歩はダウンを着て出かけた。

パンを作った。前回の反省で、水分量を多くして作ってみたら、ふわふわでもちもちの米粉パンができた。のんびりと作っていたら、寝ていたはずのわんこが起きてきて、食べたそうにこちらをみていた。牛乳が入っているので、わんこは食べられない。ベランダで食べている時もずっとパンを見つめて離れないので、なんだか申し訳なくなった。

今日も何も起きない1日だった。パンを作りすぎて、ちょっとお腹がいっぱい。晩ご飯は遅めでいいかな。

夜の9時になって、現像のポッドキャストをとった。毎回めちゃくちゃ濃い話をするから、かなり疲れる。とは言ってもすごく良い疲れで、普段あまり使っていない思考の脳みそを使っている気がして、刺激される。

現像のポッドキャストで、自分が放った言葉が少し印象に残っている。

「自分の平和、世界の平和、どっちも大事。でも、自分と世界は結合しなくていい。」という言葉。なんだか最近の生き方を言い得て妙だなと思った。世界はもちろん平和であってほしいが、それは自分とは関係ない、的な?そういう感じで生きている。僕は、わんこと家族と数少ない友達が幸せであれば、マジでそれでいいんだなと、改めて実感した。


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