マックを食べると必ず胃がもたれるのに、なんだかんだで食べてしまう罪深さ。たまにこういうものが食べたくなる衝動が抑えられない時があるということは、きっと体が欲しているのだろう。マックは、ウーバーでお菓子のついでに買ったつもりが、お菓子よりも早く到着してしまって、ペロリと平らげてしまった。ハンバーガーが二つついている、「ひとりじめセット」という名前だった。なんとも罪深い。
セカンズという三人組ユーチューバーの魅力に最近のめり込んでいる。カメラマンの友達から教えてもらって、最初はふーんみたいな感じで見ていたのだが、全く着飾らない感じになんだか共感を覚えて、うわこれは推すわ!と思った。結構こんなに好きな人たちに出会うのは初めてかもしれない。
今日見た動画で、2024年の締め動画みたいなやつ、三人が飲んでいる動画を見たのだが、そこで言葉として出ていた、「偽りの自分を世間に認知されても、後々辛いだけだから!」というリーダーの発言に、妙に感動した。なんだか刺さったし、心の枷がちょっと外れてすごく楽になった気がする。
ちょっと丁寧に生活しすぎていたんじゃないかなと、セカンズを見ていると思う。こんぐらい適当でいいんだよなと、ほんとマジで、いい意味で思う。し、別に丁寧にしたい時はすればいい、みたいな感じの気持ち、今は。
あっという間に夜になった。今日は何もやる気が起きなかったのと、先日のネガティヴな気持ちがまだ残っていて、あまり快い1日ではなかった。スマホをいじったり、YouTube見たり、ダラダラしていた。昨日マックを食べたからか、意識もはっきりしないまま、夜になっている。
朝に啓成くんとポッドキャストを収録できたのは良かったなと思う。「現像」のポッドキャストは、話すたびに深みが増していっている気がして、楽しい。何を達成したいわけでもないけれど、啓成くんと話すことが、僕にとっては何かの救いなのかもしれない。
自分が何をするべきかを考えた。今までの自分の行動からして、ソーシャルメディアをやめることはできないと思う。底知れない承認欲求から、逃れることはできなさそうだ。
加えて、何かを表現し続けるということも止めることはできない。主に書くこと。つまりはこのエッセイ。
だから、今は個人的に動かしているソーシャルメディアと、このエッセイに集中すること、そして、本を読むことなのかなと整理した。時間とか決めようかな、1日の。そっちの方がやりやすそうだなとも思うぐらい、なんだかぼやぼやしていると生きにくい感じは最近ある。
波に乗らない日々。少し窓を開けて、冷たい空気を部屋に入れて、母にもらったチョコレートを食べる。糖分と冷たい空気で、頭がだんだんとはっきりしてくるのがわかる。
そういえば昔、手書きでエッセイを書いていたなと思い出す。アナログな表現にハマっていて、それこそ正義だと思っていた頃。それも良かったけれど、視野が狭かったなと、今振り返れば思う。
気がついたらスマホを触っていて、何かを広げようとしていることの怖さ。なんとなく好きでやっていたことだけれど、いつの間にか心は支配されていて、承認されないと生きていけなくなってしまった。近々、スマホを全く触らない1日を作ろう、なんなら今からでもいいかも知れない。
プロジェクターの電源を消し、YouTubeを止める。部屋が一気に無音になる。外はこんなにも音がしていたのかと驚きつつ、これが本来の生活の形なのだと、自分に言い聞かせる。
無音の中で、ZINEフェスで買ったエッセイを読む。全国出版はされていないのだけど、装丁のこだわりにすごいなぁと思いながら、若干の嫉妬心。それでも面白いものは面白い。どんどん読み進めてしまう。いいことなのだけれど。
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