2026.02.12

今日はいい日な気がする。そう言っておけばいい日になる気がするから言っていこうと、今思ったところだ。

昨日はなよまるとポッドキャストを収録した後に死んだように寝て、気づいたら夜中になっていて、それでまたぼやぼやと寝て、朝の8時ぐらいに起きた。わんこがいつの間にか僕の布団で寝ていた。うちのわんこは、僕が寝始める時は自分の場所で寝ているのに、夜中になって気づいたら隣で寝ていることが多い。可愛い。今日も相変わらず可愛い。

それとうちのわんこは、僕の枕が大好きで、僕がいなくなるとそこに乗って、ゆっくりしている。前まではお留守番の時はベッドの下にいたのに、最近は枕の上にいることが多い。今もいる。

夕方になった。今日は去年の写真展に足を運んだ方と、お茶をした。写真展の時に、なんだか切なくて寂しくて、共感するなあと思って、勇気を出してお誘いした。会う前、少しだけ緊張していた。もしかしたら、会っている時も緊張していたかもしれない。

すごく哲学的に物事を考える方で、パン屋で話している時も、うーんうーんと、斜め前を見つめながら話している姿が印象的だった。何を話したかは忘れてしまったが、なんとなく落ち着いた空気が二人の間に流れていて、心地が良かった。

パン屋で少し話した後に、街を散歩した。僕はその方の写真を少しだけ撮った。歩きながら話すとすごくすんなりと話している感じがして、それを伝えるとその人は「新しい発見だわ」と言っていた。素直な方だなと思った。

人間の少し暗い部分も、動きながら考えると明るい方向に話が進んで、なんだか不思議だなと思った。パン屋では少し緊張していたが、お互い空や街を見ながら歩いて話していると、自然と心が溶けていった気がする。

言葉はあまりいらないかもしれないと、その方と会って思った。その人の感覚や感情を言葉にするのが、少し苦しそうにも見えたし、理屈っぽく考えるのが楽しそうにも見えたし、まあどっちがいいとかはないのだけれど、散歩している時の方が心地がお互い良かったなと思った。

じゃあなんで僕は言葉にするのが好きなんだろうと思った。きっと記録するのが好きなのだと思う。エッセイで自分の人生がアーカイブされていくのが、なんだか心地がいい。ちゃんと生きている証を残したいとか、そういうわけではないけれど、なんか残さないと落ち着かない、って感じなのかな。

誰かに伝える言葉はあまり得意ではない気がする。説明的な文章はあまり書くことが好きではないと思った。

コミュニケーションもまた、なんだか新しい発見があったなと思った。対面で話すよりも、動きながらぼんやりと空を見ながら話す方が、気兼ねなく話せると思った。なんか、対面で話すと話すこと、あまりないなあとも思った。動きながら話すと(動くという単語もなんとなくしっくりきていない)、感情や感覚がするっと抜け出てくる気がする。

意外と自分は人見知りなのかもしれないと思った。というか、人見知りになったのかな。最近新しい人に会うのが、少し緊張するようになった。昔は、出会うことが当たり前で、始めましてでも何の気なしに話せていた。最近何が変わったんだろうか。この前も人と会って、というか電話して、かなり神経を使った。やっぱり自分は極度のインドアだなと思った。

夜になった。少し疲れたのか、夜ご飯を食べ終わったら吸い込まれるようにベッドで寝てしまった。くどうれいんさんが、「日記は書くから面白いことが起こる。」と「日記の練習」という本で言っていたことを思い出して、やっぱり書くことはやめないでいようと思う。

何かを達成しないと生きている気がしない。なんでそんなことを思うのだろう。ずっとずっと何者かになりたいと思って、いろいろなことをしてきたが、いまだに何者にもなれていない感じがして、空虚になる時がある。

友達が、インスタのストーリーに、「ただ生きたいという思いだけで生きられたらな。」という言葉をあげていて、いつもならそんな言葉通り過ぎてしまうのに、その時は手を止めてしまった。指南書とか、そういうものではなくて、生活のリアルが見たいなんて。そう思ってふと隣を見ると、わんこが尻尾を振ってこっちを見ている。抱き寄せて、僕にはこの幸せがあるからと、何かを確かめるように。

面白かったら、おすそわけしてねん〜