底冷えする。多分今日は一年の中で一番寒い気がする。部屋の中にいても、床が冷えてその冷気がベッドまで上がってくるのが分かる。
昨日から小説を読み始めている。前に少し読んでいた原田マハさんの「さいはての彼女」。小説って素敵。頭の中の想像が純粋に顔を出してきて、文字から空気や匂い、人の仕草まで、鮮明に浮かんでくる。でも昔とは違う感じがして、なんだかそれも不思議だ。年齢を重ねてから読むと、感覚が変わるっていうのは、互換を使って生きて、そして読んでいるからなのかもしれない。
そっと火を灯していたお香が、こちらに煙を向けてきて、僕は久しぶりに、誰かに撫でられている気分になった。
机の上で見る、小さな景色が好きになった。そっと左を見ると、安心したかのようにコーヒーミルと卓上ティッシュが置いてある。きっと、安心しているのは僕なのに。
なんだろう、自分にもこんな景色が見ることができるなんて思わなかった。風を感じて、何かを信じて、小説に身を預けて心のままに想像してみると、あっという間に僕の部屋は違う場所に飛んでいる。カーテンを閉めているのもあるのだろうか。
いつの間にか、僕は何かをこの世界に残したいと思うようになった。いや、残さなければならない気がした。
本棚からそっと、先日買った「夢のうた」を取る。隣の隣には、「星のうた」があったが、僕は夢を取った。徐に開いたっページには、投げやりに、それでも人間らしく夢を追いかける短歌が書かれていた。なんでもない日々。僕は目立ちたいという理由から、表現することを始めたが、いつの間にか、表現することは僕を救ってくれて、そして僕はそこに心を奪われていた。
最近、「ああ、書けるな。」と思うことが増えた。これは何年か前に写真でも同じ感覚を覚えた。写真は、始めてから2年ぐらい経った時。そして文章は、一年半ぐらいかな。
何かを掴んだ、そんな言葉にはできない、僕だけにわかる感覚。一つの峠を越えた感覚。大切に大切に、この日を記録できることを幸せに思う。
なんて、エモい感情に浸って、そしてすぐに出ることができるのも、大人になったなと思う。啓成くんにお勧めされた、「違国日記」を見始める。意外と腑抜けた感じで、少しだけ心で笑う。ああ、今日もまた何の気なしに一日が始まると思った。
雪が降っているから、外には出ないつもりだったのに、なんだか体が雪を求めてカフェに来た。
窓際の席は、背中から冷たい空気を感じる。でも、嫌な気はしない。外に降る雪は、皆のことを外に誘い出しているようで、喜びながら降りてきている気がする。花が咲いたような明るくて、それでも優しい音色が特徴的な、Zmiの「sumori」が流れる。
目の前の席に、とんでもなく可愛い女の子がいて、今日はいい日だと思う。そして、さっき触れたZmiさんは、最近シャッフル再生で流れてきて見つけた方。なんだか、そういう日なのだろうか。透き通るような、それでも薄暗い何か。
ふと、三人組の女性たちがきて、僕の隣がちょうど空いていたが、二人がけだったので困っていた。僕は当たり前のように、移動しましょうか?ということができた。
きっと今日は、そういう日だ。
少し早めにカフェから帰ってきて、寝ているわんこを少しだけ雪が降っている外に連れ出した。外に行くと、わんこはちょっとだけ雪の匂いを嗅いで、すぐさま帰りたい素振りを見せた。あ、雪が苦手なんだと思い、マンションの入り口を少しだけ歩いて、帰った。僕と似ていて、ぬくぬくしていたいのかもしれない。
午後の3時ぐらいになって、急に寂しくなってきたので、蒸しパンを作った。糖分が足りていないと思ったから、と後付けしておこう。
僕のは米粉と卵と牛乳とハチミツときび砂糖。もちろんベーキングパウダーも。わんこのは、牛乳と卵抜きで。そしたら、わんこの方はほぼ餅になって、笑った。こういう微笑ましい瞬間を、不慣れな料理は産んでくれるから好きだ。
大きく千切ったからか、歯にくっつくらしく、苦戦しながら食べていた。自分が作ってくれたものを食べてくれるのは嬉しい。次は塩味ベースで作ってみようかな。途中で食べにくそうにしていたから、若干残して、はい終わり、にした。
ポストに、4冊目のエッセイが届いているとAmazonからメールが午前中に来ていたので、今かなと思い、取りに行った。配達物が届いてから、下まで取りに行くのが、僕はかなり億劫である。家事の中でも、「洗濯物を畳む」の次に苦手だ。
4冊目のエッセイ、「靴下のまま、星を見る。」を20ページぐらい読んで、まじで文章上達したなと思う。何よりも1冊目よりも格段に読みやすいのと、「オチ」のようなものもしっかりあって、それでも安心できる面白さで、嬉しくなった。
最近は栞を挟んで読んでいる。前までは嫌いだったのだが、最近は続きから読みたいと思える本が多いからか、挟むようになった。栞は、なぜかコーヒーフィルターを使っている。Amazonで栞を買おうとすると、少しというかかなり高い。本についている書店の栞を使う気にもなれず、挟もうと思った時に隣にあったコーヒーフィルターを見て、これいいじゃん、となった。
持ちやすいグラスホルダーのある、コーヒースタンドが好き。そして、ここにくるとローファイな音楽を聴きたくなる。僕の家の近くには、黄色がメインの明るいコーヒースタンドがある。
ここはいつ来てもほとんど客はいなくて、僕一人でこの空間をのんびりと過ごすことができる。イヤホンのノイズキャンセリングを切って、ゆるく耳元で音楽をかけながら、過ごす。ケータイをいじったり、本を読んだり。何をしてもいいと、心を許している場所。
最近インスタで、暮らし系の人をフォローするようになった。わんこのおやつレシピを載せてくださっているアカウント、一人暮らしの簡単ズボラレシピを載せてくださっているアカウント。どっちも料理。料理のアカウントは、なぜかフォローの手が緩まる。
僕は、自分で言うのもあれだが、かなりフォロー欄に厳しい。追いかけたくないと思った人は、たとえ交流があってもフォローをそっと外すこともある。フォローとはそう言うものだと思っている。逆にフォローしている人のことは、ほとんど見ていることが多い。
そんな僕が、料理のアカウントは緩くフォローしてしまう。なんでなのだろうかと考えたら、シンプルに覚えておきたいから、そして実際に行動に移せるからなのかなとか、思った。現実世界を変えてくれる気がするのだろうか。さっきは、「簡単!170円で出来る男性会社員のズボラカレーうどん弁当!」を保存した。うどん弁当ってなんか可愛いなと思った。蒸籠ばかり食べていると、ちょっと炭水化物が欲しい時もあるから、そういう時に作ってみようかなとか思った。
コーヒースタンドで、足を組んじゃったりなんてしている。なんだ、ちょっと恥ずかしくなったきたけれど、し始めた時は何気なくやった、自然と足を組んじゃったりした。いつもは机が前にあるから、足が組めないのだが、僕は猫背なので足を組むと楽になる。
朝に友達三人のグループラインに送った何気ない一言が、一人の友達を傷つけてしまっていたのではないかと思って、一日中気にしていた。夜になって、謝ったら、笑われた。何も気にしていなかったらしい。なんやねん、気にしすぎか、と思った。
なんだか、今日はそういう日。