本を読もうと意気揚々とベッドに持ち込みながら、そのまま読まずに枕元に置かれていることがよくある。でも読みたいと思っていたことは本当で、スマホをいじっていると読むことを忘れてしまうか、読む気分ではなくなることがあるのだ。別に何も悪くないし、そうやって自由に過ごす深夜が好き。
昨日は色々とやっていて、朝にちょろっと書いて終わった。そういう日は久しぶりだったから、なんだか新鮮だった。一人でラジオのYouTubeチャンネルを始めて、夜な夜な蒸籠がうんめえうんめえって話してた。全然再生されてなくても、なんか自分で見返して好きだなあと思ったから、よし。
深夜に淹れるコーヒーが好きで、今日もゆるい音楽をかけながら時間をかけてハンドドリップで。最近小さめのドリップセットを買った。座りながらでもお湯を注げるケトルとドリッパー。我ながらいい買い物をしたなと思っている。
深夜のコーヒーは、僕に取っては今日の始まりでもなく昨日の終わりでもない、誰も知らない世界の端っこにいる、という感覚がある。それは隙間かもしれないし、他の何処かかもしれない。僕だけにしか見えない、僕だけにしか感じられない。今はこの世界はぼーくの!ってやって、ちょっとノリのいい音楽をかけてみたりする時もある。
そんなことを言いながら、ちょっと苦さがこってりと舌の上に広がってきて、冷蔵庫から氷と牛乳を出して入れる。コーヒー牛乳の出来上がり。予想通りの人生なんかじゃないけれど、こうやってその時の気分で動いていると、いいこともある。もちろん、悪いことも、ある。
今日はあっという間に夜になった。ベランダ用の椅子と机を買った。北欧のような深い茶色の椅子と机だ。家の近くの素敵な雑貨屋さんに売っていた。少しガタつきがあるからと、安くしてくれた。
夜風に当たりながら、今このエッセイを書いている。まだ19時だから、世の中は動いているが、これが午前3時とかに外に出てひっそりとエッセイを書いているなんてことをしたら、お洒落だと思い、一人で勝手にウキウキしている。背徳感と開放感。なんで素敵なのだろうか。
キャンドルを焚いている。揺れる火を見ていると、なんだか心が落ち着いてくる気がして、寒いけれどずっといてしまう。