2026.01.12

寂しさや虚無感とは急に来るもので、僕は定期的になんか物足りない、という気分が心を覆う時がある。それはYouTubeをやりたい、ということであることが多い。

大学生ぐらいから、何かYouTubeをやりたいなと思っていたのだが、やったものが全部しっくりこず、続かなかった。それでも何かお洒落なものをやりたいなと思ってから、早いもので5年は経とうとしている。昨日の夜もやりたくなってラジオを一本録ってみたが、なんか違うなあとなって、ふて寝した。こういう時は寝るのが一番大切であったりする。一日寝ると、あっという間にそのことは忘れる。

もしかしたら、誰かに何かを話したいのかもしれない。今エッセイを書いていたら、だんだんと欲が満たされて行くことを心で感じる。なんだろう、なんか吐き出せている感じがすごくある。やっぱり人間、心の何かを排出することも大切なのだろう。

今日は朝からなんとなく白湯を飲んだ。「女性の味方」という商品コンセプトの、これはなんなのだろう、中国茶なのかな、パックで簡単に淹れることができるお茶をお湯で割って飲んでいる。胸の辺りに温かいものがあると、朝から体と頭が動く感覚がある。

何か楽器をやりたいなと思うのだが、良いものが思いつかない。ハーモニカとか良いかなと思ったが、どうしても甲高い音が好きになれなくて、Amazonでカートに入れたが削除した。

今日は昼過ぎぐらいにカフェに来た。机に肘をついてスマホでタイピングすると行儀が悪いかなと今思い、背中に寄りかかりながら書いている。そういえばさっき、わんこの散歩中に鳩に出会った。うちのわんこは気づいていなかったが、僕は「ほら、鳩だよ!」と言った。それでもうちのわんこは気づいておらず、のそのそと草の匂いを嗅いでいたが、その瞬間に自分が父親になった気がして、ちょっと嬉しかった。親が子供に何かを発見してみせる、という大切な時間をちょっと真似できた気がして、嬉しかった。そうだ、僕はこの子の親なんだ、という実感がまた湧いた。うちのわんこは、何の気なしに歩いていたが、今日は暖かかったからか、少し元気に見えた。

すごく素敵なエッセイに出会った。ZINEフェスで買わせていただいたものなのだが、とにかく読みやすい。なんでなのだろう、分からないけどさらさらと読めて、80ページほどある本が半分のところで今机に折られている。僕は読むのが遅いし、「読み進める」という行為はあまり得意ではないのに、この本はなぜか読み進めたくなる。不思議だ。たまにこういうエッセイに出会う。なんの本かは、僕だけの秘密(ただ単に出して良いかわからないから言わないだけ笑)。

ケータイを持っていない時に、これ書きたいなと思うことが頭の中に現れると、僕の心に緊張感が走る。今日の鳩の話もそうだ。わんこの散歩中はスマホを持っていないから、何もメモできない。だから、必死に頭の中に放り込む。僕は色々なことを次々と忙しなく考えているから、うっかりするとぽろっと忘れてしまうのだ。でも今日は書くことができて、それもなんだか素敵に書くことができて嬉しい。

そういえば今日は成人の日だ。僕が20歳の頃は、「成人式」というものが当たり前にあったが、「20歳の集い」に名前が変わったんだね、なんだか寂しいな。成人式の方が祝われている感じがあって僕は好き。なんてことを思いながら、TBSラジオを聴いていた。

20歳の誓いのようなものを電話で募集していて、みんなが思い思いの宣誓を送っていて、それが流れてちょっと泣きそうになったのと、懐かしいなと思った。「グラフィックデザイナーになって色んな世界を彩りたい」「自分に負けない、自分が幸せになるまで頑張る」、どれも眩しいものばかりで、これはなんの涙なのだろうと不思議だった。

成人式は、特に良い思い出はない。とりあえず行ったが、別に行かなくてもよかったなと思った。昔の友達とは言っても、僕は少し地味で、軽くいじめられていたから、そんなに深く話せる友達はいなかった。ましてや成人式を実家の最寄りで待ち合わせして一緒に行くとか、そんなことは出来なかったので、とぼとぼと一人で行ったことを覚えている。

僕は今の生活のほうが好きだなと思った。ラジオを聴きながら、お腹を出して寝ているわんこを見て、少し安心した。

16時になった。なんだか急に、わんこがいつかこの世を去ってしまうことを考えた。めちゃくちゃ寂しいという言葉では収まらないぐらい空虚になるんだろうなと思って、日々を大切にしようと思った。わんこと同様に親とも、いつか会えなくなる時が来る。素直に寂しいし、自分の死よりも大切な命たちの死の方が僕にとってはこわい。

昔は、誰かが居なくなっても寂しいなんて思わなかった。祖母や祖父が亡くなった時も、あまり現実味がないまま、今になっている。それはあまり関わってなかったからというのもそうだが、何より僕がその人たちのことを本当の意味で大切に出来ていなかったのだと思う。昔は、僕はかなりさっぱりとした人間だったなと思う。わんこが来てから、だいぶ潤った心になったなと思う。しんみりさせてしまってすまない。うんち。

僕は眠ることがあまり好きではない。眠れなかったらどうしようという、会社員時代の不安がまだ体に染み付いていて、夜寝る前になるとまだ悲壮感に駆られる。あとは、今日という日を終わらせたくない、眠るなんて勿体無い、と新しい生活で思うようになって、会社員時代のトラウマと相まって眠るのは苦手だ。なるべく音を部屋に散りばめて、寝落ちのように寝ることにしている。さあ、眠るぞと言って電気を消して音を消してベッドに入ると、さっきのことから心臓が高鳴り始め、全く眠れなくなる。

困ったものだなと思う。眠ることは人間にとっては至福のはずなのに、僕にとっては作業同然のもの。幸い自由なライフスタイルだから、眠くなるまで起きていればストレスは減るが、これが朝8時に起きて9時に出社、とかだったら、毎日一睡もできずに会社に行くことになるのだろう。実際会社員時代は、圧力からそういう生活をしていた。そりゃ適応障害にもなるわ。

眠れない夜、眠りたくない夜は、昼間の映像が記録されているYouTubeを流す。夜の中に陽の光がこっそりと現れた感じがして、秘密の場所のような雰囲気が生まれる。僕は普段から廊下の電気を付け放しにしているため、夜に廊下の電気を消すと一気に「ここだけ」感が増す。こういう雰囲気で起きている夜は好きだ。今は日付が変わろうとしている時間帯だけど、まだ眠くない。米を炊いているから、あと一時間は起きていないといけない。