2025.12.31

もうすぐ今年が終わる。本当に色々あった年のように思うが、そういうふうに色々あったと数えるのもなんだかしっくりこない。

そういえば、今年はなんだかお酒を飲んだ年だった。それも一人で。家の近くのある隠れ家のバーに行ったり、一人で家で晩酌したり、なんだか大人になった。きっと昔の自分だったら、人と関わることが生きる意味だと思って、ひたすら忘年会とかに足を運んでいただろう。

人と別れること、離れることも覚えた。自分にとって心地がいい人と関わること、逆に少し我慢すること。その匙加減。すとん、と落ちる一滴の水滴が、何かの終わりに聞こえる日が多かった。

何でもかんでもやる自分から、何もしなくても生きているだけでいいという自分になれた。それは小さな命が僕の家に来たから。僕のせいで始まった、わんこにとっての新しい人生。ただ生きているということだけで、僕の何かを満たしてくれた。

会いたい人には連絡する。そんなこともできるようになったし、惰性で生きることは無くなった。壊れることを厭わないで、嫌なところから離れることも覚えた。それは大切なものを失いたくないのではなくて、大切な存在と一緒にいる時間を過ごしたいから。きっと世界は、失うことなんてなくて、生まれることしかないのだと知った。

夏の記憶がないと思っていたが、そもそも記憶なんて薄れるばかりで、覚えていることなんてぼんやりしているものばかりだから、べtにいいやと思った。。昨日食べたご飯でさえ忘れてしまう僕らは、振り返るなんてことはしないでも、立派に生きている。振り返って、あの時はこうだったなんて、そんなことしないでも、世界は勝手に続いていく。なんだかそういう日常に、記録媒体があることが不思議だな。そして、大晦日にちょっとだけ騒がしくなる世の中が、ちょっと嫌いだ。

アーティストがパフォーマンスしているところを見るのが、なんだか好きではないことに、大晦日で気づいた。僕は静かに一人の世界で、音楽を聴いていたいし、味わい浸っていたいと思った。目も耳も働かせるなんて、僕には向いていない。結局は静かに生きるしかない僕、でもそれもいいなと思った。なんてことない日々、世界は今日も回っている。

紅白歌合戦から少し離れて、今一人でパソコンに向かっている。こっちの方が落ち着く。そういえば今日、実家ですき焼きを食べた。父が、肉を取ろうとしたら「食べ放題みたいに食べないで、高いんだから。」と言っていて、なんだか可愛いなと思った。

わんこが父に懐いた。とんでもなく。びっくりした。実家に来て、物の数時間で、父の膝の上で寝ていた。なんかやっぱり優しい空気を醸し出しているのかなと思った。小さい頃は意地を張って、あまり仲良くしていなかったけど、なんだかんだで切っても切り離せない親子、ここで関係が少し近くなってよかった。

母がいい匂いだよと言って焚き始めたお香が全然いい匂いじゃない。ちょとむせそうになるところをグッと堪えて、このエッセイを書いている。母もだんだんと歳をとってきたが、まだまだ元気だ。57歳と聞いてちょっとぴっくりした。やっぱり一緒にいる時間は大事にしたいなと思った。

年末のみんなにインスタのストーリーは好きだ。みんな帰省して、普段はあまり発信しない人も今日はお気に入りの写真と、今年もおせわになりました的なことをあげている。思い思いの過ごし方、のびのびとしている雰囲気が好き。ちょっと覗き見しているような、そんな気分で過ごしている。なんか、みんな生きているなあというか、そういうことを感じて、好き。コツコツとやっている人もいれば、ドカンと一発挑戦している人もいる。なんでもいいから、長生きしてほしい。できればちょこっと、僕にも人生を見せてほしい。

父が買ってきたケーキがあるので、この辺で。それでは、良いお年を。