
この本を読んでいて、いちばん最初に思ったのは、「ああ、この人の生活って、ちゃんと息をしてるな」ということでした。事件が起きるわけでもなく、誰かと大喧嘩するわけでもなく、人生が大きく動くような出来事があるわけでもない。けれど、ページをめくっているだけで、部屋の空気とか、夕方の光とか、カフェの匂いとか、そういうものがじわっと伝わってくるんです。たぶんこの本は、物語を読むというより、誰かの日常のそばに座らせてもらう本なんだと思います。
このエッセイは、わんこと暮らし始めたばかりの時間が、そのまま残されています。まだ生活が整いきっていない、でも確かに新しい日々が始まっている。そんなタイミングの、少しだけそわそわした感じが、文章の端々に漂っています。午後五時の部屋が好きだとか、照明を落として洋楽を流して書く時間が幸せだとか、そういう話を読んでいると、こっちまでその部屋にいる気分になります。夕暮れの静けさって、どうしてあんなに心を落ち着かせるんだろうな、と、勝手に自分の生活まで重ねてしまうんです。
そして、この本の中心にはいつもわんこがいます。昼寝をしている姿、散歩に行きたがらない頑固さ、膝の上で眠れずにいる夜、YouTubeを一緒に見ているような気配。そういう描写が、いちいち愛おしい。わんこって、ただ可愛いだけじゃなくて、生活そのものを変えてしまう存在なんだなと、読んでいて改めて思いました。変わり続けなきゃいけないと思っていた人生が、「変わらない日々が続くことこそ幸せだ」と気づく方向に動いていく。わんこがいるだけで、人の価値観ってこんなに静かに変わるんだな、と。
でも、この本が良いのは、綺麗にまとまりすぎていないところです。落ち着いた文章の中に、急に焦りが顔を出したりします。このまま何も成し遂げないまま人生が終わってしまうんじゃないか、という不安。平凡で終わることはいいけれど、平凡が続くのは怖い、という矛盾。そういう感情がちゃんと出てくるから、このエッセイは「優等生の癒し」にならない。生活の話をしているのに、ちゃんと人間の弱さが混ざっている。それがすごく信頼できるんです。
読んでいて好きだったのは、加湿器の水蒸気の話です。明かりに照らされて、白い煙みたいに浮かび上がる水蒸気を眺めるのが好きだ、という一文。ああ、こういうことを美しいと思える人は、きっとちゃんと生きてるんだろうなと思いました。派手な感動ではなく、こういう「生活の中の小さな景色」に心が動くこと。それこそが、この本の魅力だと思います。
それから、東京で暮らしている空気も、この本の中に自然に流れています。麻布十番の居心地の良さ、治安の良さ、街ですれ違う人の雰囲気。エレベーターで見かけた金のネックレスのお兄さんを見て、「この人とは一生交わらないんだろうな」と思う感覚。こういう瞬間って、東京で暮らしていると妙にリアルにあるんですよね。人はたくさんいるのに、交わらない人生が無数にある。その距離感を、変に悲しまず、ただ淡々と書いているところが、このエッセイらしさだと思いました。
あと、この本は「共鳴」というものを信じたくなる瞬間が多いです。自分が考えていたことを、近しい人がストーリーで発信していたりする。人生って遠いところで繋がっている気がする。そういう話は、スピリチュアルっぽいのに、書き方が軽いから、押し付けがましくならない。ただ、「まあ、そういうことってあるよね」と思わせる程度の温度で書かれている。そのバランスがすごくいいです。
そして最後に残るのは、「生きるって、こういうことだよな」という感覚です。特別なことがなくても、夕方の空が綺麗で、わんこが眠っていて、ホットコーヒーを飲んで、少しだけ文章を書けたら、それだけで今日が成立する。そんなふうに、日々の価値をちゃんと認めてくれる本です。
この本は、読者に何かを教えるための本ではありません。けれど、読んでいると、自分の生活を少しだけ丁寧に扱いたくなります。照明を落としてみようかな、とか。散歩して空を見上げてみようかな、とか。そういう小さな変化が、自然に生まれる。だからこのエッセイは、読む人の生活にそっと寄り添う一冊なんだと思います。
読み終えたあと、派手な余韻は残りません。でも、静かな安心が残ります。今日も生きていていい。今日もこんな日でいい。そう思えるような空気が、ページの隙間からずっと漂っている本です。